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現ライター、豊島ミホのブログです。雑記帖ゆえ雑文が書かれていきます。カテゴリの「はじめに」も是非お読み下さいませ。


by 豊島ミホ
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カテゴリ:読んだものの感想( 28 )

ただ待っている時間


こんばんは。豊島ミホです。

井上荒野さんの『ズームーデイズ』(小学館文庫)を読んだよ。
なんか、長編恋愛小説読むぞモードになり。
再読です。前は08年11月、文庫化直後に読んでます
(このブログに感想はないけど日記に書いてあった)。

恋愛小説……恋愛「だけ」の小説って最近少ないよね?!
恋愛自慢エッセイが全然ないっていう泣き言を最近書いたけど
恋愛小説もやはし新刊としては見かけなくなっている感。。。

恋愛じゃない何か(事件とか試練とか)が起こって、
それを解決する過程でついでに胸キュンも起こってる! みたいな本はあるけど。
あとは自己実現的な。恋をする過程で大きな心の傷が癒える、みたいな
お話も多分あるかな。。。

でも私はマジに恋愛「だけ」のお話が読みたい。
恋にかまけ純粋に恋だけに終わる小説が読みたい。
乗り越えなくていい。選ばれなくていい。立ち向かわなくていい。
でも、心は荒波の中の航海士。みたいなやつ。

きっと『ズームーデイズ』はそうだった! 多分!
と思い出してもう1回買って読みましたよ……
ソッコーで読みたくなりすぎて在庫検索できる書店に買いに走ったよ。
Amazonプライムでも遅い! 今! みたいな気持ちで。

そしたらば超〜〜〜〜


面白かった!


一気読みしてしまいました。


物語は「ザ・恋愛小説」として始まります。
主人公は30歳(か、お話の冒頭ではその少し前)の女性。
2世小説家で肩書は「作家」、テレビに出たり雑誌記事書いたりしてるけど
本を何年も前に1冊出したきりで、最近ろくに小説は書いていない。
彼女が、テレビ局でアルバイトをしていた22歳のおしゃれ大学生と出会って
恋が始まります。(8つ下やで!)

このおしゃれ大学生(あだ名は「ズームー」)が
とりあえず、んめっっっちゃかわいい。
恋の始まりの、相手がキラキラしてしか見えない時期、
ただひたすらに楽しいだけの時間のかがやきがそのまま書いてあって
読んでるこっちも「ファア…… 好き……!」ってなる!!
ズームー、見た目はおしゃれでかわいいし都会人なんだけど
中身が怒涛にピュアなのもまた……!!

しかしソッコーで雲行きは怪しくなります。
このお話がそもそも回想形式で語られているため
始まってすぐに「終わり」は見えているんですよ。

 ズームーとは七年間暮らした。
 三十歳から三十七歳まで。バカで怠惰で可哀想で不可思議な日々。
(中略)
 七年間、私は何もしなかった。ただズームーと暮らしていた。ズームーは、あの日々そのものだったとも言える。
 <文庫版 p.4より>

 私たちは家具を買い、カーテン生地を買い、縫い、それぞれの(連名ではない)転居通知用の絵はがきを選び、文面を考えた。引っ越しの準備は――お金の工面さえ――忙しくも心浮き立つことであり、そのうきうきは、恋に似ていないこともなかった。だから私たちは七年の間に、しばしば引越しをした。
 <文庫版 p.17より>

恋に似ている「うきうき」を引越しで人工的に作り出さなければならない7年間。
それなのに他のことをなんにもしないで「ただズームーと暮らし」ているという7年間。
(言葉は失礼ですが)ろくでもないかほりがぷんぷん漂ってきますね!

そしてソッコーでときめき描写的なものはなくなっていきます……
途中で私は気付いた。
「これ恋愛小説じゃねえじゃん」ということに。
多分4分の1から3分の1くらいで気付いた。

そもそも主人公の「私」には、最初から他に恋人(妻子ある男)がいて、
その辛い恋(?)から逃れるためにズームーと「安らかな恋」をしようとしている。
そんな状況がゆるやかに解決していくでもなく、
どんどん悪くなっていきます。
恋人の態度は冷たくなる一方。一緒に住んだはいいけど金の尽きた
「私」とズームーはずるずると「私」の実家に寄生。
(なにしろお父さんが有名な作家なので実家に経済的ゆとりはある。)
実家に寄生するとやがてズームーは帰りが遅くなり、
「私」は相変わらずろくろく小説書かないまま
実家の母に対して仕事してるフリを続ける……。

ってほんとあらすじだけ抜き出すとくら〜い筋書きですけど、
これが読むと! 面白いんですよ〜〜〜〜「私」のダメぶりが!!!!
なんていうの。「ダメ」の書き方って色々あるけど
この作品中での書き方は決して自虐的でないし、
過剰な「どやこんなにダメですぞ」みたいな感じもしないし、
なんでしょうね?! どういう書き方で読み手がこういう感じ方になるのかわかんない!
ただひたすら「うひゃひゃ」って感じなの、読んでいる間!
親近感がわいてくる!

この小説って、
「うだつのあがらない日々のお話」
なんだ。
って途中でわかるのです。
ズームーデイズというのは、「めいっぱいの恋をした日々」とかじゃなくって、
もうどうしようもなく、「うだつがあがんなかった日々」のことなんだ、て。

巻末の解説で、角田光代さんがこう書いています。

 しかしこの小説は、ひとりの女性の愚かしさを描いた小説ではないし、自己コントロールのきかない恋愛を描いたものでもない、と私は思う。これは一見恋愛小説のようだけれど、そうではない、とすら思うのだ。
(中略)
 無為というものについて、この小説から突きつけられたような気がしたのである。何も作り出さないこと、決して前へ進まないこと、その場にうずくまること、目を閉じること。そのような状態に、私たちはどのくらい留まることができるのか。
 <文庫版 p.199-200>

「そうそう!」とうなずきました解説のこの部分読んで……。
正直自分が書いてもらった以外の解説で
ここまで「大事なことを言ってくれた!」みたいなやつ読んだことなかったっていうほど。。。
これ、「無為な時間」を書き残した小説なんですよne!!!(←ちかしい)

なおかつこの小説がすごいのは、
最後まで読んだ時に、その「無為な時間」を「無駄」とは思わなかったこと……。
これは個人的な読後感かもしれないけれど。
今、絶賛うだつのあがらねえタイムを過ごし中の私だから感じることかもしれないけどw
(も、ほんと主人公に対して「仲間感」しかなかった! さいごまで!
 いつの間にか働いてた時「うらぎりやがって!」くらいおもったwwww)
なんかそういう、「ただ待っている時間」? やりすごさなければいけない時って
あっても……しかたないと思う。
しかたないし、それを振り返った時に……なんていうの。
この話って、登場人物結構みんな最後までしょーもないんですけど
(主人公もズームーも妻子ある恋人もみんな)
それをどんな形であれ一緒に過ごしてくれた人に、
ありがとうって言いたくなるような。感傷を呼び起こさせる。
この無為な時間が「ないほうがよかった」とはね、言い切れないって気持ちになる。

究極、この主人公がこの無為な7年間なんて過ごさずにかんばれたか?
っていうと、私全然そー思わないし……。
いいじゃん。こんな7年、あってもいーじゃんって。
他人のことだししかも終わったことだから言えるのかもしれないけど
まあでも終わってしまったらほんとそう言っても差し支えないと思う……。

ちょっとこれは。
うだつのあがらねえ日々を過ごしている仲間(誰か知らないけど)には
読んで欲しいですね!!
まあ主人公は経済的にめっちゃ恵まれてるので
(家賃も入れず実家持ちのマンション住まい+文筆業で適当に小遣いは入るという環境)
現代の「うだつのあがらねえ人」からすると「おいおい優雅だな!」
「俺がそんな恵まれた環境にいたら真面目に仕事するけどな!」みたいな
ふーなこと 感じなくはないかもしれないけど……。
比較を持ち出さずに読める人にだったら おすすめしたいです!

この小説とは関係なく
「ただ待っている」能力って意外と大事かもなー
て感じること多いです。最近。
なにもせずに待つみたいなこと。
なんかしようなんとかしよう! って思っても
自分の力でなんともなんないときって。あると思うの。
そういう時にぐるぐる「問題解決問題解決!」って言って
自分を追い込むというのが私がさんっざんハマってきたパターンだな! って……。
感じるようになったよ。

そういうのと『ズームーデイズ』はぴったりはまって面白かったです。
ま、「ただ待っている」のもそれはそれでものすごくしんどい……
そのしんどさについてもしっかり言及してある小説なので
なおいっそうおすすめなんだよ。



by refri5erat0r | 2016-12-03 20:36 | 読んだものの感想
また短い記事になりますが、
今朝読み終えたこの本がすごく面白かったよっていう速報。



ぎょっとしちゃうタイトルね!!
でも、「無駄」である友情を、愛しているっていう主旨の本です。

聞き手の男性(あとがきまで誰かはわからない)が、
佐野洋子さんの個人史・友情編を聞き出す対談が基本にあって、
その間に佐野さん筆のエッセイが挟まれる。
とっつきやすい構成になっています。

いやーーー、なんか、すごいww

夏頃、ポッドキャストで友情にまつわる個人史を喋ったりしたのですが


友人関係についての話って、「その人」が出るから面白いね。
そんでこれだけ明確に自分の友人関係について理解してて
言葉にできる佐野さんってすごい……。

ほんとは詳しく感想書きたいんですが、時間がないので速報でした。


ところでこの本、日本橋の「タロー書房」というところで見つけました。
コレド室町の地下に入っている、店舗面積としては中型くらいの? 本屋さん。
すごくいいですね! いい!
ふわっと本に出会える棚!
もし近所だったら通いたいようなお店だった。

「ゴロー書房」と憶えていて「あれ? 検索しても出ないな……」と思ったのは内緒;v;


by refri5erat0r | 2016-11-14 16:47 | 読んだものの感想

女がいなくなる時は

こんばんは豊島ミホです。

昨日夫に買い与えられた村上春樹の新しい文庫
『女のいない男たち』を、昨晩から今日昼にかけて読みました。

読書体験自体はやっぱり非常にスムーズで心地よく
作品に対しなんの文句もなかったんですけど、
タイミングの悪いことに、私はちょうど
「失恋について男が語っている対話」をほかの媒体で目にした後でして(それは確か月曜日の夜)、
それに対してはむっちゃ釈然としない気持ち……なんなら怒りを抱えていたので、
本を閉じた後15分くらいしてから、突然

ムラッ……

としてきた!
何か腹のなかに収まらない気持ちを感じた!


『女のいない男たち』は、男の失恋短編集なんですよ。
6作収録されてるんだけど、5本目を除いてすべての短編で
女が理由なく(※男目線では)男のもとを去っていく。
だから作品タイトルの「女のいない男たち」っていうのは
「女が不要な男たち」とか「女を獲得できない男たち」ってことじゃなく
「女に去られた男たち」という意味。
出てくる男たちは皆、一度は女と濃い関係を持った男ということになります。

しかもほとんどの話で、男側は女に対し強い気持ちを持っていて、
それにふさわしい丁重な扱いもしている。
そんな中で「なぜか」! 女がいなくなってしまう……

その「なぜか」! 感はラストに収録された表題作「女のいない男たち」で
わかりやすく強調されています。


 でもそれからエムは、いつの間にか姿を消してしまう。どこに行ってしまったのだろう? 僕はエムを見失う。何かがあって、少しよそ見をしていた隙に、彼女はどこかに立ち去ってしまう。さっきまでそこにいたのに、気がついたとき、彼女はもういない。たぶんどこかの小狡い船乗りに誘われて、マルセイユだか象牙海岸だかに連れていかれたのだろう。僕の失望は彼らが渡ったどんな海よりも深い。
 <文春文庫版 p.284-285より>

 でももちろん僕が再び彼女を失う時はやってきた。だって世界中の船乗りたちが彼女をつけ狙っているのだ。僕一人で護り切れるわけがない。誰だってちょっとくらい目を離すことはある。眠らなくてはならないし、洗面所にもいかなくてはならない。バスタブだって洗わなくてはならない。玉葱を刻んだり、インゲンのへたをとったりもする。車のタイヤの空気圧をチェックする必要もある。そのようにして僕らは離れ離れになった。というか、彼女が僕から去っていったのだ。そこにはもちろん水夫の確かな影がある。
  <同p.287-288より>



女は水夫のせいでいなくなるんじゃないっ……!!!



と私は思った。
読んでる時は思わなかったけど本を閉じて15分くらい後で強烈に思った。

当のお前以外を理由にしては絶対にいなくならないっっ……!!!!!!!!

って。


ここで話を「月曜日に目にした失恋男子の対話」のほうへ戻すと、
それは 30がらみのフラれたばかりの独身男性たちが、
なんでフラれたかの反省会をするっていうものだったんですよ。
その……恋愛の捉え方? みたいなものに触れて
私はひさびさに ひゃっ!!! ってなった!

なんていうんでしょうね。
付き合いたての蜜月の頃は別として(その話の中でも別だった)
結局のところ 男は女をどこかのタイミングでミッション化している。
「仕事」と並列の項目として「女」があるみたいな状態になる……

その話の中で、「彼女に対し〜〜しなきゃいけなくなる」
「が、俺は無理だった」みたいなことが
別れの理由として語られていたんですけど、
なんなのその……義務感……? 任務感……?
任務として捉えられた時点で 私だったら去る。ソクサる!!!!
(話の中の「彼女」も最終的に去っていったわけだが。)

なんかこれ ディティールが引っかかったとか そういうレベルの話じゃないんですよ。
30歳以上の女性たちに「わかるしょ?!」って泣きながら問いかけたい!!
男って! いつの間にか勝手に「俺バリヤー」の中に戻っていく!
ちょっと文章で伝えられる気しないんで図で描きますね、


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これ!!!


これなに?!!


なんかこぉ 相手の中に「概念化した女」としてしか存在しなくなる感じ!
リアルの私とは何も共有してもらってない感じ!
なんでこゆこと起きんの?!
(付き合う前からこういう感じの人すらいるよね?!
 そういう男は間違いなく美人に特攻するから私はまったく被害を受けてませんが)
(あ、あとこの文章すげえ怒ってますけど、あくまで思い出し怒りで
 夫には一切「俺バリヤー」に入る兆候がありません。
 交際から数えて2年以上経ってもずっと図1の状態です……イケメンすぎる)

まーとにかくこうなると 女側としては去りたくなる。
虚しい、自分のやってることが。
そしてこれで去られたほうは……
「俺バリヤー」の中に概念の彼女が存在しているのに
リアル彼女はいなくなっちゃうという「失恋」状態になる。
概念の彼女はそれなりに大事に思っていたわけだから
「僕は大事にしていたのに、どうしていなくなっちゃったんだ!」ってなる。


これ『女のいない男たち』と関係ないって?
そりゃーないかもしれないです……。
それぞれの短編で 女がなぜ去るのかという理由が描かれていない以上
理由について憶測であれこれ言っても仕方ない。
(1話目「ドライブ・マイ・カー」は妻が浮気した理由に
 ダイレクトに迫っていくので、仮説くらいは出る。
 そのせいか私は1話目がかなり好きです)
あと、上では他の女性に思いっきり共感を求めているけど、
実際には理由なく男のもとを去ってくタイプの女性も、いっぱいいるのかもしれない。
そういう女性が、『女のいない男たち』に描かれた「女」であるのかもしれない。

でもこーやってここで、ごく個人的な経験からしか言うことのできない
男と女の気持ちのすれ違いについてまくしたてたのは、
ネットでざっと検索かけて結果の上位を見た限り、
誰もこの本から受け取った気持ちについて書いていなかったからです。
「男の失恋」という普遍的な題材から、自分の経験のどこを掘り起こされたかを。

村上春樹の本の「感想」と題したものって、「評価」ばっかりだった。
高名で実力ある作家であればあるほど、「感想」じゃなくて「評価」を書かれてしまうのね。
しょっぺえ現実……。
まーもっとも作家に言葉を届けたい人のほんとの「感想」って
手紙で届いているものだから、村上氏を気の毒には思いませんけど。

ただ「この作品を通したみんなの失恋観が読みたいっっ!!!」
と思って検索かけた私が切なくなっただけ!
結構ねばったんですけど! 「女のいない男たち 俺も失恋」で検索するとかwww
これさ男の人共感したの?!
女の人素直に受け取れてんの?!
どうなの?!
文庫になったことだしライトな春樹読者のみんな「感想」を書こうぜーー\(^o^)/ (いざない)

ちなみに本の感想書く時たびにだいたい書いてるけど
私は「共感できる本がいい本」って思想の人じゃないんで。
反感を覚えたりこういうムラッとくる気持ちを覚えたりしても
それが不快なもの(不快な書き方?)でない限りは
逆にその気持ちが鮮やかであればあるほど「いい読書だった」と思うよ!
普段人と接していてもわからないような、物事の捉え方や感覚の違いを
うっすらとでもわかるようにしてくれるって、読書の効用ですよね。
だから『女のいない男たち』も好きか嫌いか訊かれたら余裕で好きだし
どれが一番おもしろかったかと言われると引用した表題作がおもしろかった。多分。
水夫のたとえはずっと忘れまいよ。



by refri5erat0r | 2016-10-13 01:58 | 読んだものの感想
こんにちは豊島ミホです。
長いことブログを書いてませんでしたが
あまりに面白すぎる本に出会ったのでっ……!
すぱぱぱっと紹介しちゃいたいと思います!


びりっかすの神さま (偕成社文庫)

岡田 淳 / 偕成社



『びりっかすの神さま』

1988年発表の超有名な児童書です。
私の世代がだいたいリアルタイムですよね……
でも小学3年で活字界から逃亡した私は読んでませんでした。
この間夫が「急に再読したくなった」と買ってきたので
私も何の気なしに読んだんですが、まあ……


はんぱねえエンタメ性とメッセージ性に戦慄!!!!


舞台はとある小学校の4年1組。
主人公の始(はじめ)は転入生です。
転入早々彼が教室で目にしたものは、
くたびれた背広を着たぼさぼさ頭の妖精!

やがて始は気づいていきます。
そのクラスの席順が、テストの順位を元に決まっているということ
(※成績悪い人が前、だったら指導のためなのでわかるけど
 悪い人ほど後ろという「ただの見せしめ」系)。
テストも給食を食べる速さも、
「人に勝つ」ということが奨励されていること。
「びりっかす」の人間は、当然のようにみんなから見下され
先生の前であろうといじめられていること。
そして「妖精」が、何か競争の結果が出るたびに
「びりっかす」の人のところにまとわりついているということ……。

だいたいこの辺までの話は夫に聞いて把握していたので、
読むまでは
「びりでも誰かは君のがんばりを見ているよ!」
的なお話かなあと思ったんですよ。
困った時に、「びりっかすの神さま」がちょっとだけ手を貸してくれるとか……。

でも全然そんなお話じゃないんです。
「びりっかすの神さま」はなんの力も持ってないし
びりの子の味方でもない。
きみはいったいなんなの、と始に問いただされた妖精は
自分をこのように語ります。


  競争して順位をつけると、とうぜん最下位のものができる。
  おれは気がつけば、いつも最下位をとった子のまわりに
  ただよっていたんだ。
  いや、そういうよりも、
  できのわるかった子の気分っていうか、感じっていうか、
  そういうものがよりあつまって、おれがうまれた
  っていうほうがいいかもしれん。

  (偕成社文庫版 p.38-39より)


へんな妖精=「びりっかすの神さま」は
教室の空気やびりの子の劣等感そのものであって
状況に介入する力も意思も持ってないんです!
うひょぉ。

そして彼の姿は、転校生である始にしか感じられません。
びりの子も、そうでない子も、
妖精がふわふわ教室の中をただよっていても
全然気づかない。
始は、よりダイレクトに妖精とコンタクトするために
みずから最下位を取ることにし、それに成功します。
最初はきれぎれの声しか聞こえず、姿があやふやだった妖精も、
びりを取るとはっきりと姿を現し、心で対話できるようになります。

なんだこれ社会学の話か?!

って思ったよねうん思ったー
システムに組み込まれちゃうとよくわかんないことを
外側から来た人は認識できるし、
意図的に状況を動かしてみることもできる、みたいな。
妖精との対話というのは、客観的分析のことかな? 
と思いました、最初は。

でも、さらに思わぬ方向に話は進みます。
キーになるのは妖精との対話。
「気分」とか「感じ」である妖精を
意識した上でびりを取った始は、
妖精と対話できるようになりますが、
これがなんと! 始以外の子にも起こるようになるのです。
そうすると、どうなるか……?

あっちょっとこの辺からネタバレ入ってくるな……。
全然筋を知りたくない方はこの辺で離脱してください。

んもーこの先の展開がすごい!
ここまででまだお話の3分の1くらいにしかなってない!
出てくる子はみんなわりと普通の子、普通のクラスなのに
まじかよっていうほどエキサイティングに話が転がっていきます。
痛快爽快! でも悪い意味でのフィクションっぽさは全然ない!
正直、誰が読んでも、何歳の人が読んでも
絶対面白い本になると思います!

あーこの名作を今まで読まないできた私って。。。

でも、子どもの時読んだ、って人も
もう1回読むといいと思いますよ。
大人になってわかることあるはずなんで。

下にネタバレ感想文も書きます。
ほんとにネタバレなので。できれば読んでから見てもらいたい。
by refri5erat0r | 2016-06-15 15:20 | 読んだものの感想
上の記事の続きであるところの
『びりっかすの神さま』ネタバレ感想文です(あらすじはそちらで説明済)。
感想文ゆーても学校の感想文に役立つようなものじゃないんで
それを求めてる方はよそへお願いしま〜す☆



この作品の舞台となる教室は、
人に勝つことが目的の競争主義社会。
そこに、過労で父を亡くした始が入っていく……
というのがまーいっこポイントになっているとは思います。

「がんばる」とは何か。
それは、人に勝つことじゃない。勝つためにやるんじゃない。
「本気でやる」ってことなんだ……
この本を最後まで読んだ時に、
一番わかりやすく見えてくるメッセージはそれ。

でも、この本の舞台を
「人に勝つことを奨励される特殊な教室」
って読むだけだとちょっともったいないんじゃないかなあと
私は思いました。

確かに話の中で、始の「がんばる観」はわかりやすく変わります。
でももっと変わってるものあるよね?
お話の最後の最後、始のこんな述懐があります。


  とつぜん、転入してきた日のことを思いだした。
  みんな、のっぺりしたへんな顔に見えたっけ。
  それがいまは、したしみのある顔ばかりになっている。

   (偕成社文庫版 p.176より)


これは始が「転入生だったけど、友だちが増えた」ということ
だけを示しているのではないと思います。
教師の前ですらいじめが横行し、
成績のいい者と悪い者が口をきかない、
ぎすぎすした教室が、変わったということではないでしょうか。

予想つく方もいらっしゃるかもしれませんが、
私はこれを「スクールカーストの物語」として(も)読みました。
物語の中では、競争や順位付けは
結構わかりやすい悪役である担任の先生によって行われています。
でも、これを現代の私たちは、
自らやっている(もしくはやらざるを得ない状況になっている)んだ……
あれって、競争なんだ。って。
物語が始まってすぐ発見しました。

その「カースト」が、見事に解体されていくというのが
この本の筋なわけです。

カーストを解体したのは、なんだったのか。
「びり」を取れば不思議な妖精が見えるようになること、
「びり」を取ったもの同士で
授業中にテレパシーで会話できるようになること、
などなど、「おもしろさ」があったから! っていうのが
やっぱりこのお話では強いようにも思えますが
(びりになる特典がこんなにあったらそりゃなるよ……)
現実にもあるもので言うならば、
「対話」だと思います。

さっきちょっと書きましたが、
設定上、この物語では「びりを取り、妖精の存在を信じた」者だけが
テレパシーを使うことができるようになります。
心で話す。
それによって、もう発言力や相手への視線
(話しかけたくないとか、話す意味もないとか)関係なく
強制的に相手と対話せざるを得なくなるのです。

物語の序盤では「びりっかす」の常連で
いじめられているだけだったみゆきという女の子が、
対話する相手を得てからは、
そのウォーミーな性格によって、
発言を尊重されるようになります。
テレパシーというある種強制的な対話が、
教室に点在しているだけだった個人をつないでいくのです。

そこに「おおお……!」って思ったよね!!
「びり」が面白いからみんなやりました、仲良くなりました、
ついでに「がんばる」の意味も知りました
――っていうそれだけのお話じゃない! と思う!

まーこれを
テレパシー使わずにリアルでやれるかって言ったら難しいけど……

競争っていうのは対話を奪ってんだな
相手を知らないっていうことなんだな


って。思いました。

もうほんと、著者の岡田さんは
どうやってこんな設定思いついたんでしょうねぇ……。
みんな読もう! まじに!
今こそ『びりっかすの神さま』読むべき時代!



今は忙しいんですけど、
この夏、実はちょっと仕事のスケジュールが
ゆったりめになっているんです。
それで個人的に……学校&教育関係の本を
じっくり読んでみよう!! と思っていたりします☆

とりあえずこれ読みたい\(^o^)/
絶対読む\(^o^)/


学校へ行く意味・休む意味: 不登校ってなんだろう? (どう考える?ニッポンの教育問題シリーズ)

滝川 一廣 / 日本図書センター



学校ってなに?
クラスってなに?
みたいなのを、とらえなおしたい。
「なに」ってか「どうであるべき」みたいな
自分なりの理想を見つけたい。
いつまでこだわってんだよーって言われそうだけど
なんかこれ、もう、こだわるべきところなような
気がしてきたんだわ。
過去っていうより未来に向けて。
by refri5erat0r | 2016-06-15 15:14 | 読んだものの感想
こんばんは豊島ミホです。
前に書いた記事が7月付なのに。夏が終わってしまった。
なのでトップ絵を変えました。
でも秋向けっていうよりは……
先月私の脳みそを占拠していた「歯を大事に!!」
というメッセージに満ち満ちた絵になってしまいました。

私の歯に起こった出来事は、
義理の親族のみなさまにご覧いただくこともある
このブログではとうてい詳述できません。
恥ずかしくて!
もうこの絵からすべてを想像して下さい。

この8月の事件によって、私は
10年以上毎日500mlほど飲み続けていた清涼飲料水をやめました。
やめよう。
あくまののみものです。
500とか飲んでるのがだめっていう話もあるけど。



ツイッターのほうで紹介しましたが、
最近こんなまんがを読みました。


こくごの時間 (A.L.C.DXもっと!)

雁須磨子 / 秋田書店




年季の入った雁ファンの私……
「こくご」と雁須磨子のコラボに
読む前からテンションぶっちぎりになりました。
言語表現ならば雁須磨子!
本もたくさん読んでそー(いやたくさんじゃないかもしれないけど、
純粋なる自分の好みに従ってどんな種類の本でも読んでそー)な
雁須磨子!

「こくごの時間」は、
国語の教科書に載った小説や詩歌などを
題材にとった短編集です。
取り上げられた作品は、


「十五の心」石川啄木
「くまの子ウーフ」神沢利子
「走れメロス」太宰治
「夕焼け」吉野弘
「言葉の力」大岡信
「小僧の神様」志賀直哉
「山月記」中島敦



ちょっと、いっこいっこ確認はしてないんですけど、
小・中・高全部入り……なラインナップですよね? たぶん。

それぞれの作品に「読み手」となる人物が入ることにより
また新しいまんが作品になっています。
(他に書きおろしである「少年の日の思い出」があり、
 それは例外的にコミカライズ作品。)

私は1本目の「十五の心」がすごく好き!

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心

この短歌1本の、解釈を描いたまんがなんですけど……
なんてんだろう、その歌が主人公の生活の中で
新しい意味を持ち立ち上がってくる瞬間?
が見事に描かれていて、
「そうなんだ!」
「そーゆーことか!」

って思いました。
なんか私ただ……学校さぼってる開放感、程度のものしか
この歌から読み取れていなかった。
でもまんがを通して、「吸はれ」る心が
具体的になって、感嘆しました。
ちょっとその辺の解釈は実際に読んでいただきたい。



まあそんなで、他の短編もよかったのですが、
「山月記」だけわりと……
「え、こんな話だっけ?」
って思ったんですよ。
「読んでこんな風に思うような話だっけ?」って。
まんがの中では、山月記の主人公に対して
登場人物たちの評価が結構厳しいんですよね!
(雁さん自身もあとがきで、
 自分に似たようなところがあるからだと思うけど、
 あと、この作品だけ大人になってから読んだからかもしれないけど
 李徴を冷たく見てしまった、と書いていらっしゃる)

え……私が教科書で読んだ時は……
「わかるわかる! 超わかる!! 
 私も虎になっちゃうかもしんない!!!」

くらい思ったんだけどな……!

と思って、ものすご〜く久々に、読み返してみました。
山月記。

そしたらば……

本当に 自分の中の「李徴に寄り添う成分」が
減ってるのがわかった。


高校生の時はもぉ 友達と
「なんでこんなうちらの気持ちわかんの中島敦!」
って盛り上がったのに(ほんとそれおぼえてる)
33歳になった今読むと、
「この人絶対詩人になれないわ」
っていうひややかな確信が湧いてくる。

虎になってからも、都のイケてる文化人の机の上に
自分の詩集が置かれているところを想像してしまうとか。
詩で何を伝えたいってことより、
自分が名を成したいってことに李徴の欲望の比重があるのがわかって
(中島敦が彼をそのように描き出そうとしているのがわかるので)、
ほんと心がひんやりするよ。。。

でもいっぽうで、前とまったく違うふうに読めたのが
袁傪と李徴の関係。
話の中で終始李徴に同情的な袁傪に対して、前は
「いい人キャラ……」
「それかまあお話的にこの人はこうでないとダメなのかな」
くらいにしか思ってなかった。
でも大人になってから読み返すと、
袁傪がいい人なのは確かだけどそれだけではなくて、
袁傪は李徴のことを好きだったんだろうな、って
脳内補足されるんですよ!

李徴はプライドばかりの人間だし詩人向きでもない。
でもそれイコール「誰からも好かれない」ではない。
心広く人望の厚い袁傪は、李徴のひねくれた部分に注目せずに
皮肉屋で面白いこと言うとか、なんか変わった雰囲気があるとか
そういうところをナチュラルに好きだったんだと思うなあ〜〜!!
だから忙しいのに詩をメモってあげるんですよ……。

これはもう読解ではなく想像の域の話ですが。
でも、そやって人生経験を元に想像する部分が増えていくっていうのも
再読の面白いところだと思います。

えーっと、教科書作品再読シリーズはもうすこし続きます。

下の記事につづく)
by refri5erat0r | 2015-09-07 19:20 | 読んだものの感想
上の記事から続いています)

ところで国語の教科書掲載作品といえば、
私の世代だと外せない作品がありますよね。


「赤い実はじけた」!


初恋の生まれる瞬間を描いた短編なんだけど、
そんなのが5年だか6年の教科書に載っていて、
男女混じって激論をかわさなければいけないという……
(あ、激論させる先生は6年の担任だったから、
 6年の掲載作だわ)
ある意味トラウマもんの作品!!!

冒頭で、年上のいとこの女の子に、
「あなたもいつか赤い実がはじけると思うわ。」
みたいに予言されるところとかww
そしてそれがよりにもよって、
主人公が苦手なタイプの男の子の前で起こってしまうところとか。
甘酸っぱい要素が多すぎるんですよ。
朗読だけで赤面する!

ネット時代になってから、この作品のことを調べたら
作者である名木田恵子さんが
『キャンディキャンディ』原作者の水木杏子さんと
同一人物だとわかってびっくりしたりもしました。
そりゃー面白かっただろうよ……。

でも、いつかの年に教科書を捨ててしまって
(国語の教科書は好きで結構長い間保存していました)
読み返す機会はずっとありませんでした。

『こくごの時間』を読んだあと、ふと、
「再読してみたい!!」と思い、検索!
この本にたどり着きました。


赤い実 はじけた

名木田 恵子 / PHP研究所




そしてもう一度読んでみたらば……

あれ……どこで赤面するんだろう……
この後もっと恥ずかしい展開が……
そう恥ずかしすぎて身体中かゆいような展開が……


……



なかった!!!



衝撃でした……。
こ、こんなささやかで可愛らしいお話について
赤面しながら討論していたなんて……。
思ったよりずっとウブだったわたし
そしてウブだった(多分)同級生のみなさんを
遠い目で振り返ることになりました。

あと哲夫(主人公が好きになる同級生の男子)も
思い出よりすごいはつらつとしてて健全ないい子で
びっくりしました……。
もうちょっと粗野で男の子っぽい感じだと思ってた。
当時リアルで好きだった子と重ねて
そっちに寄せてしまったんですね。きっと。
何も似ていないよ。

あ、上の本、Kindleだと試し読みだけで
「赤い実はじけた」は全部読めるや。
短編集で1本めなので。お気軽にどうぞ。
挿絵がかわいい。



まあそんなんで長くなってしまいましたが
教科書掲載作品の旅について、でした。

関連だとだいぶ前にこんな本も読んだ


([さ]5-1)教科書に載った小説 (ポプラ文庫 日本文学)

佐藤 雅彦 / ポプラ社




けど、これはすんごく世代が隔たってて、
あと、通好みすぎて
いまだによくわかんない感じのものが多かった。
菊池寛の「形」はすっごく面白かったです。
語りのリズムも話の終わりかたもかっこよかった。
by refri5erat0r | 2015-09-07 19:09 | 読んだものの感想
こんばんは。
なんか色々書きたいことあるんですがまとまらず……
っていうかまとめている時間がなく。
ブログの下のほうに下書きのまま入ってた記事があったんで
ちょっと編集してこれを上げちゃいます。
元記事の日付は2014年の5月10日、
東村アキコ『かくかくしかじか』の感想ですね。
3巻まで読んだところでした。

*     *     *

こんにちは。
最近どう見てもブログ書きすぎ豊島ミホです。
ラブプラスネタを書きたい→
しかしラブプラス日記だけでトップページの3記事が埋まったらヤバい→
他の記事を書かねばならない
という状態になっています。

こいつ超暇そうだなって思うでしょ?
さあどうでしょうか?



話はかわって、すんごい今更なんですけど

「かくかくしかじか」

面白れえええええええええええええ!!!!!!



かくかくしかじか 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)

東村アキコ / 集英社

かくかくしかじか 2 (マーガレットコミックスDIGITAL)

東村アキコ / 集英社

かくかくしかじか 3 (マーガレットコミックスDIGITAL)

東村アキコ / 集英社



……今更すぎますね。
「え、読んでなかったの?」ってくらいですよね。
私もそう思います。

あてもなくマーガストアをうろうろしてて……(よくやる)
何気なく試し読みしてみたんですよ。
フェア商品とかじゃないので普通の分量なんですが。
そしたら「え? これめっちゃ面白くない?
とりあえず1巻買っちゃえ」ってなって
気付いたら

2時間後には3巻まで私のiPodに入っていたとのことです

この「かくかくしかじか」、

・作者東村アキコ先生の自伝的作品
・色々謎のハンパない絵画教室で
 美大志望の高校生アキコがしごかれるところから話が始まる
・笑えて泣けるらしい


くらいの前情報は持っていました。
で、確かにその前情報のまんまの話なんだけど……
まさか絵画教室の先生がここまでパナいとは。
怖い! アツい! そして行動が読めない!

1冊読んだら絶対好きになっちゃいます。この日高先生を。
2巻くらいでもう「涙で前が見えない……!」ポイントが出てきちゃいます。

あとは絵を描くことの過酷さ。。。
美術部でうだうだして、
美大志望の仲間のデッサンを見てすらもいなかった私には
(うん、見てすらもいなかったんだマジで。
 だって見てもわからないし。見るポイントが)
「美大受験〜美大に行くということ」の
輪郭もとらえることができてなかったんだな。
と今更知りました。
デッサンのある入試をくぐりぬけてその先へすすんだ
美術部のみんなが、ほんとにすごかったんやな。。。と今更。
やはり今更! 思いました。



いっぽうで、
私も日高先生みたいになりたい☆☆
という無邪気なワクワク感もわきあがりました
もちろん絵画教室じゃなく……小説教室DE!(えぇー)

「小説を書くことをなめくさってる19歳の若人の鼻をへし折りてえ」
「そして残ってついてきたやつだけ本気でしごいてみてえ……」


というのを、25歳くらいの時ちょっと思ってました
(はやい)(おまえがまずなめくさってる)。
私は夜間部卒だから、いきなり大学講師とかは無理だけど。
専門学校講師なら30代で行けるんちゃう?
そこから経験積んでいけば……最終的には講師として

成城大の文芸学部までは行ける。

と踏んでました(すんませんほんとすんません)。
まあ30代まで作家を続けられないという未来が待ってるんですが
そんなことを知らない25の私は
どんな鬼畜課題を出そうか1回目の授業でどうやって文学少年少女の
プライドをへし折ろうか考えてニヤニヤしてました。
(この作品を読んだ後ももう1回考えてニヤニヤしました。)

いやべつにプライドを折るのが最終目的じゃないんですよ!
本当に小説がうまくなる授業がしたい! ってことだよ!

自分がそんなにうまいかよ……ってことはさておいて、
なんか世の中には。まともな小説講座が少なすぎるように感じてたから。
技能じゃなくて
「ここに通うことで自分は間違いなく『作家志望』なんだ……」
みたいなふわっとした満足感のほうを
生徒に売っているような感じがしたから。

「つべこべ言ってねーで書けオラアアア!!!!!!」
「来週まで30枚書いてこい書けないヤツはもう来んな!!!!」
「はい出だしがクソ!! 最初の3行で100パー1次落ち!!」


みたいに本気で技能をしごきにかかる鬼講師がいればいいのに。
私だったらそれになるのに。
って思っていたのです……。



まあ今や講師たる資格(小説家としての看板)がないから
そんなのただの妄想だけど。
でも「かくかくしかじか」の日高先生はほんとに25歳の私の理想……

あの先生は、自分が美大出てないしどこの会にも所属してないのに
「絶対美大行けやああああ!!」みたいなスタンスじゃないですか?
アキコもそれを「なんで?」って思うところあるんですけど。
あれ、私は、
生徒を絶対に自分以上にしたいからだなー
って思いました。
自分が失った(というか最初から持つことができなかった)可能性を
生徒には与えたいってことだなって。
あくまで想像ですけど。

私、何度か、地元つながりの
進路指導Q&Aみたいなのに答えさしていただいたことがあるんですが、
毎回「作家になるにはどうすれば」的な質問に

「有名な新人賞を通れ。それ以外の方法を取る必要はない」

って(もうちょっとマイルドにだけど)書いてました。
ま、R−18文学賞は……今は「有名な新人賞」ですけどね……
あの先生の「美大行け」も
つまりそういうことなんじゃないかと思います
(非常におこがましいのですが)。

私アキコより日高先生に感情移入して読んでるwwww
オートで日高先生視点になるwww
もちろんあんな立派な人にはほど遠いけど……(´・ω・`)



しっかし3巻はすごいところで切れてるね!!
なんかこれ……
きっと切ない結末なんだろうな。
って思うんですけど。
でも切ないだけじゃないと思うので4巻以降もすごく楽しみです。
紙で欲しいけど最初に電子買っちゃったから、
続きも電子で買うと思います。
だから3ヶ月か4ヶ月?遅れになるけどあとはなる早でついていくぜ!



(以下、2015年追記)

ご存知のかたも多いと思いますが、
『かくかくしかじか』、現在は完結済みで
すべての巻を電子書籍で読むことができます。

かくかくしかじか 4 (マーガレットコミックスDIGITAL)

東村アキコ / 集英社

かくかくしかじか 5 (マーガレットコミックスDIGITAL)

東村アキコ / 集英社



最後まで読んでも……
「日高先生視点」は言い過ぎですけども
アキコの気持ちより日高先生の気持ちに
思いを馳せることが多かったです。

こんなに他人(絵画教室の生徒)を信じることができるってすごいな!

最近よく思うんですけど、やっぱまともな人って
周りのことも自然とまともだと思っているんですよね。
そー思われても逆に! こっちはまともじゃないんだけど!
みたいなこともあったけど……。
やっぱりそういう……自分も世界もまとも、っていう見方で生きてるほーが
健全なんだろうなって思います。

日高先生は私にとって、
それのさらにすごいバージョン! 
みたいな……。
自分の描く力みたいのを、当然のように生徒の中にもみてるんだと思う。

他人に直接ものを教えるようなことはこの先もしないかもだけど、
こういうふうに、自分の心と行動の直結具合みたいのをあげて
他人にもそれがあるんだと信じることができたら
とてもいいだろうなーーー! って思います。

あ、もちろん最後までマンガとしても楽しませていただきましたよ!!\(^o^)/
「おもしれええええ!!!」のまま! 
この話がちゃんとエンタメになっているのがすごいよ……
自分の胸にしまっておいても別によかったことを
惜しみなく商業作品として描いてくださりありがとうございました! と
東村先生には伝えたい。です。
by refri5erat0r | 2015-07-15 20:53 | 読んだものの感想
先月ここで感想を書いた坂崎千春さんの『片想いさん』で、
紹介されていた本をちょっと読んでいます。まだ2作目だけど。
1作目もすごーーーーく面白かったんだけど、諸事情によりないしょ!
2作目は江國香織さんの『神様のボート』になりました。
これは『片想いさん』で読んだからというより、
たまたま夫にすすめてもらった本だったからなんですが。


神様のボート (新潮文庫)

江國 香織 / 新潮社



この物語は、葉子、草子という母娘ふたりの視点で描かれています。
葉子がお母さん。ピアノの教師(昼)&ホステス(夜)で生計を立てている。
草子が娘。物語が始まる時は小学2年生。
ふたりとともに、見えない3人目の家族である草子の父もいます。
名前も出てこないけど、ふたりにとっては決定的な人物。
草子にとっては「パパ」。葉子にとっては「あのひと」。
葉子と「あのひと」は「骨ごととけるような恋」を経験した。
そして彼はなんらかの事情で、
草子が生まれる前に葉子のもとを去っている。
「かならず戻ってくる。そうして俺は葉子ちゃんを探しだす。
 どこにいても」 
という、約束を残して。

端的に言ってしまうなら葉子はシングルマザー、
草子はそのひとり娘、ということになります。
とはいえ葉子にはまったく「シングル」感がない。
どこにいても「あのひと」のことを考え――
次の瞬間にも再会できるのではないかと考えて、
娘には堂々と「パパ」との恋や彼の美点を語ってきかせ、
娘の背骨が「パパ」に似ていると絶賛する。
そしてまた娘の草子も、母のつくった物語の中を生きている。
ふたりは「パパ」のバースデイを毎年祝いさえし、
クリスマスには「もしもパパが(今ここに)いてくれたら」ということを
すごく気分よく話し合ったりする。

まあこれだけでも相当変わった話ですが、
この母娘にはなお変わった事情があります。
それは、「旅がらす」生活をしていること。
関東地方の、微妙に辺鄙だけどそこそこ開けた街から街へ
1、2年程度で移動しながら生活しています。
それは葉子が、「どこかに馴染んでしまったら、
もうあのひとに会えない気がする」から。



私が江國香織さんの小説を読むのは――
短編なら近年拾い読みもしたかもしれないけど、
がっつりと長編小説を読むのは――
もう14年とか15年とか、それくらいぶりです。

『神様のボート』がすごいよかったから逆に言ってしまうと、
なんかこう、江國さんの描く人の
フワッフワフワッフワした感じがあんまり趣味じゃなかった。
(自分の趣味じゃない、っていうだけで、
 ある人にとっては魅力ある「感じ」だっていうのはわかるけど。)
で、この話も私の中の江國作品のイメージから
冒頭では大きく外れることなくフワッフワフワッフワしてました。
お母さん(葉子)は海にスカートで行って何時間も散歩しているし、
仕事の内容がよくわかんないし。
娘(草子)は引っ越し魔のオカンに逆らえないし。

フワッフワやわ……。
とは思ったけど、昔のイメージ(私が勝手につくった苦手意識)
と違って、そういうフワフワ描写も読んでて面白かった。
なんだろ。私も落ち着いたのかしら。
それともやっと文章のよさがわかるようになったのかしら。



で、草子の学年が上がっていっても、まだまだ話がフワフワしてるので
いったいこの話はどうなるのだろうか、と読者の大半がする(であろう)ように
やっぱり私も考えてみました。

1:このままずっとふたりでフワフワ生きてく(ありそう)
2:「あのひと=パパ」と再会するが、彼にはもう他の家族がいる
3:「あのひと=パパ」はとっくに死んでいる
4:「あのひと=パパ」なんて最初からいなくて全部葉子の妄想



……。
2は江國香織ぽくない……(←14、5年読んでないくせに)
3もちょっとぽくない……。
4はおおいにありそうだが……



やっぱり1かな。



くらいに思っていたのですが、この物語はしっかり展開するんです!
展開する前も楽しんでたけど、展開してからが俄然! 目が離せない!

んーネタバレー……
どこまでネタバレしていいものかわからないんですけどもー。
私だったらその「展開」がなんなのか黙ってて欲しい。
から言わないでおこうかな?

なので個人的結論だけ言ってしまうと、
この物語が何の物語だったか? と訊かれたら
私はやっぱり恋物語だって答えるかな!

ちょっと、タイトルに関わる部分を引用します。

――どうしてこんなに引越しばかりするの?
(中略)
――どうして?
 仕方なくもう一度訊いた。
――どうして引越しばかりなの?
 ママはあたしの髪に何度も唇をつけながら、
――ママも草子も、神様のボートにのってしまったから。
 と言ったのだった。
――神様のボート?
 訊き返したけれど、それ以上の説明はしてくれなかった。
――そう、神様のボート。
 そう言ってあたしを膝からおろし、この話はそれでおしまいになった。

(p.41-42、草子の語り)


神様のボート、なんてうまいこと、
どうやってこのお母さんが思いついたかは作中に出てこないんですけど
決定的な恋っていうのは、神様のボートな感じがする。
人に実際の行動を起こさせる恋は、
すっと静かに水面に出されて、
オールを漕ごうが何しようが行き着く先を変えられない
(でもそこに乗ってるひとはまあオールを自力で漕ごうなんて思わない)
神様の「所持物である」ボートのような、感じがする。
この物語は、その「ボート」の、
こわさと神々しさを描いた話なんだな、と思った。
思いました!



……で、私はいいんですけど。
だから272ページでこの本が終わっててもなんとも思わないんですけど。
ちょっとここからは結末の解釈の話なんで
すでに読んだひとだけ続きをどうぞ!(たいした話でもないけど)

つづき
by refri5erat0r | 2015-06-10 13:24 | 読んだものの感想
こんばんは豊島ミホです。
素晴らしい本と出会ったのでここに記しますっ!

坂崎千春さんの『片想いさん』

片想いさん (文春文庫)

坂崎 千春 / 文藝春秋


装丁、多分単行本で見たことある。タイトルも憶えてる。
表紙のイラストのさくらんぼちゃんがかわいい。
でも手に取らなかったのは多分、
このさくらんぼちゃんが主人公の
ファンタジーかつポエジーな
ショートストーリー集だと思っていたから?
坂崎さんが「Suicaペンギン」の作者である
イラストレーターさんだとは知っているので、
そういう……絵本に近い雰囲気の本なのかな、と思って
単行本の時はスルーしてしまったんだと思います。

文庫になったこの本を、夫が買ってきました。
「僕はもう読んだ。○○ちゃん(※私の本名)好きだと思う! 読んで!」
とのこと……。
私と夫の趣味は1%くらいしかかぶっていないので、
ほんとかよぅと思ったのですが、そこまで強く推されることも
滅多にないため、では読んでみるかとページをめくったところ……

面白い!

この本、まったくファンタジーなどではなく、
エッセイ集なのです。
片想いばかりしている「片想いさん」は、
なんと坂崎さん自身。
いちまいの絵はがきのように描かれた
片想いの思い出と、その思い出にまつわる
レシピや物語が紹介されています。
(お料理と本が並列って、言われると唐突に感じるかもしれませんが
 坂崎さんのイラストや言葉で紹介されているとわりと自然です。)

試しに40ページほど読んで「これ、すごい!」と
言ってしまったのは、とにかく語り口がきれいだから。
坂崎さんの文章は、イラストと同じで、
気取ったところがなく、親しみやすい感じながら、
無駄がないし上品でした。
ひょええ。(←こういうのが無駄かつ下品)

恋愛エッセイというのは
陶酔や自慢が見え隠れしたり、
あるいはそう見られるのを著者が意識しすぎて
必要以上に自分を貶めているのが目につく文に
仕上がってしまったり……しがちだと思うんです。
でも坂崎さんの文章には一切それがない。
なぜか?

その回答は「Letter」という項目にありました。
(そうそう、紹介し忘れましたが
 この本はアルファベットの頭文字の順番に
 タイトルが並んでいるんです。こういうの、憧れだよね!)
少し長くなりますが引用します。

どこで目にしたのか覚えていないのだけれど、
日記帳に書きとめておいた言葉がある。
「芸術は親愛なるただひとりの人に送る手紙」
芸術というにはささやかすぎるものだけれど、
わたしは今まで何冊かの絵本をつくってきた。
つくっているときに「この本を多くの人に見てもらいたい」と
考えたことはなかった(出来上がってから多くの人に読まれるのは、
もちろん嬉しいことだけれど)。
わたしのつくる本は、一冊一冊が「ただひとり」に向けた
ひっそりとした手紙だった。

(p.74)

そうか、この本もきっと「手紙」だから
赤の他人の目なんて意識しないで、
でも相手に宛てたものだから丹念に綴れるんだな。
と、勝手に納得しました
(実際、後でそうとわかる文章も出てきます)。

文章がきれい、この1点だけでも
色んな人に読んでもらいたい! 
坂崎さんが強くすすめなくても私が横からオススメしたい!
そんな本です。



う〜ん、でも、もちろんきれいっていうだけじゃなくて……。
この本は、読んでいるうちにだいぶ、
坂崎さんのことが気になってくるんですよね。
最初の5本を読んだくらいだと、
周りに、わりと普通に男の人がいて、普通に話せて、
なんていうんでしょう……
ある程度もてる子(あえて「リア充」という言葉は使いません)
なのかなとぼんやり想像していたのですが、
途中から、

あれ? 結構もてないな……
えっ? まじで? まじでまじで……?(汗)


という感じになってきて(ごめんなさい)
「この状態はまごうかたなき『片想いさん』や!」
と思い知らされる。
でもね! でもねでもね……!
そういう、片想いばかり累積する状態を、
どうとらえたらいいか、っていうヒントがこの本には詰まっている!
と思う……。

いつかわたしをまるごと認めてくれる人が現れる。
そうしたら、その人とふたりで世界を駆け抜けたいと、
今でも夢みている。

(p.121)

私はこの文章を読んだ時、特にふるえました。
そうだよ! と思って。
ちなみにこの後は
「でも今はひとりで立っている。
 そう悪いもんじゃないよ、と思いながら。」
と続くのですが……
「そう悪いもんじゃないよ」と思うことも大事だけど、
やっぱり「夢みている」っていうことが一番大事だと思う。

今はすごく情報や解釈が溢れてて、
両想いになれない自分のことを、分析したり
論理で攻撃してしまったり……
そこまでいかなくても
「やっぱ自分が悪いのかな。どこかおかしいから
 両想いさんじゃないのかな」
とかって考えてしまいがちだと思うんですけど
(私も結婚するまでは、なにかとその状態に陥ってました)
そんな必要、ない。
ない! って、坂崎さんが大事な人へ宛てた手紙であるところの
このエッセイ集を読んでいると、思えるんです。

だいたい、「片想いさん」というネーミングが
今見るとすばらしいと感じます……。
これが「モテないさん」だと、一気に自分主体の感じに……。
なる。よね。
「片想い」は相手がいるからできること。
だから作品全体が、きれいに見えるんだな〜。



ちなみに、全部恋愛話というわけではなく
坂崎さんの幼少、青春時代などのエピソードも
ちょっとだけ挟まれていますが、
個人的にはそこにもだいぶ心つかまれました。
坂崎さんの人となりが伝わってくる気がして。

本が終わりに差し掛かる頃にはもう、坂崎さんっていうか、
ちはるちゃん! っていう感じでした……。
もしちはるちゃんが身近にいる同い年の女の子だったら……
って考えた(実際の坂崎さんは1967年生まれだけど)。
私はなんだかんだヤンキー文化を経由してる人間なのでw
こんなに心清いちはるちゃんとは、
めちゃくちゃ仲良くはなかったかもしれないけど、
でもすごく幸せになって欲しいって思ってるだろうな。

そういうふうに思って読んだので、
最後の最後、文庫版の書き足しまで読んで本を閉じた後、
ぽろっと泣きそうになりました。
なんで泣きそうだったかは、読んだ人だけにわかる秘密です。



もう長くなり過ぎて余談も余談ですけども、
紹介されている本がことごとく面白そう!
実際読んでみたくなる本ばかり!
多分近々読んでいくと思います。
by refri5erat0r | 2015-05-02 22:39 | 読んだものの感想