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現ライター、豊島ミホのブログです。雑記帖ゆえ雑文が書かれていきます。カテゴリの「はじめに」も是非お読み下さいませ。


by 豊島ミホ
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江國香織「神様のボート」(6/10)

先月ここで感想を書いた坂崎千春さんの『片想いさん』で、
紹介されていた本をちょっと読んでいます。まだ2作目だけど。
1作目もすごーーーーく面白かったんだけど、諸事情によりないしょ!
2作目は江國香織さんの『神様のボート』になりました。
これは『片想いさん』で読んだからというより、
たまたま夫にすすめてもらった本だったからなんですが。


神様のボート (新潮文庫)

江國 香織 / 新潮社



この物語は、葉子、草子という母娘ふたりの視点で描かれています。
葉子がお母さん。ピアノの教師(昼)&ホステス(夜)で生計を立てている。
草子が娘。物語が始まる時は小学2年生。
ふたりとともに、見えない3人目の家族である草子の父もいます。
名前も出てこないけど、ふたりにとっては決定的な人物。
草子にとっては「パパ」。葉子にとっては「あのひと」。
葉子と「あのひと」は「骨ごととけるような恋」を経験した。
そして彼はなんらかの事情で、
草子が生まれる前に葉子のもとを去っている。
「かならず戻ってくる。そうして俺は葉子ちゃんを探しだす。
 どこにいても」 
という、約束を残して。

端的に言ってしまうなら葉子はシングルマザー、
草子はそのひとり娘、ということになります。
とはいえ葉子にはまったく「シングル」感がない。
どこにいても「あのひと」のことを考え――
次の瞬間にも再会できるのではないかと考えて、
娘には堂々と「パパ」との恋や彼の美点を語ってきかせ、
娘の背骨が「パパ」に似ていると絶賛する。
そしてまた娘の草子も、母のつくった物語の中を生きている。
ふたりは「パパ」のバースデイを毎年祝いさえし、
クリスマスには「もしもパパが(今ここに)いてくれたら」ということを
すごく気分よく話し合ったりする。

まあこれだけでも相当変わった話ですが、
この母娘にはなお変わった事情があります。
それは、「旅がらす」生活をしていること。
関東地方の、微妙に辺鄙だけどそこそこ開けた街から街へ
1、2年程度で移動しながら生活しています。
それは葉子が、「どこかに馴染んでしまったら、
もうあのひとに会えない気がする」から。



私が江國香織さんの小説を読むのは――
短編なら近年拾い読みもしたかもしれないけど、
がっつりと長編小説を読むのは――
もう14年とか15年とか、それくらいぶりです。

『神様のボート』がすごいよかったから逆に言ってしまうと、
なんかこう、江國さんの描く人の
フワッフワフワッフワした感じがあんまり趣味じゃなかった。
(自分の趣味じゃない、っていうだけで、
 ある人にとっては魅力ある「感じ」だっていうのはわかるけど。)
で、この話も私の中の江國作品のイメージから
冒頭では大きく外れることなくフワッフワフワッフワしてました。
お母さん(葉子)は海にスカートで行って何時間も散歩しているし、
仕事の内容がよくわかんないし。
娘(草子)は引っ越し魔のオカンに逆らえないし。

フワッフワやわ……。
とは思ったけど、昔のイメージ(私が勝手につくった苦手意識)
と違って、そういうフワフワ描写も読んでて面白かった。
なんだろ。私も落ち着いたのかしら。
それともやっと文章のよさがわかるようになったのかしら。



で、草子の学年が上がっていっても、まだまだ話がフワフワしてるので
いったいこの話はどうなるのだろうか、と読者の大半がする(であろう)ように
やっぱり私も考えてみました。

1:このままずっとふたりでフワフワ生きてく(ありそう)
2:「あのひと=パパ」と再会するが、彼にはもう他の家族がいる
3:「あのひと=パパ」はとっくに死んでいる
4:「あのひと=パパ」なんて最初からいなくて全部葉子の妄想



……。
2は江國香織ぽくない……(←14、5年読んでないくせに)
3もちょっとぽくない……。
4はおおいにありそうだが……



やっぱり1かな。



くらいに思っていたのですが、この物語はしっかり展開するんです!
展開する前も楽しんでたけど、展開してからが俄然! 目が離せない!

んーネタバレー……
どこまでネタバレしていいものかわからないんですけどもー。
私だったらその「展開」がなんなのか黙ってて欲しい。
から言わないでおこうかな?

なので個人的結論だけ言ってしまうと、
この物語が何の物語だったか? と訊かれたら
私はやっぱり恋物語だって答えるかな!

ちょっと、タイトルに関わる部分を引用します。

――どうしてこんなに引越しばかりするの?
(中略)
――どうして?
 仕方なくもう一度訊いた。
――どうして引越しばかりなの?
 ママはあたしの髪に何度も唇をつけながら、
――ママも草子も、神様のボートにのってしまったから。
 と言ったのだった。
――神様のボート?
 訊き返したけれど、それ以上の説明はしてくれなかった。
――そう、神様のボート。
 そう言ってあたしを膝からおろし、この話はそれでおしまいになった。

(p.41-42、草子の語り)


神様のボート、なんてうまいこと、
どうやってこのお母さんが思いついたかは作中に出てこないんですけど
決定的な恋っていうのは、神様のボートな感じがする。
人に実際の行動を起こさせる恋は、
すっと静かに水面に出されて、
オールを漕ごうが何しようが行き着く先を変えられない
(でもそこに乗ってるひとはまあオールを自力で漕ごうなんて思わない)
神様の「所持物である」ボートのような、感じがする。
この物語は、その「ボート」の、
こわさと神々しさを描いた話なんだな、と思った。
思いました!



……で、私はいいんですけど。
だから272ページでこの本が終わっててもなんとも思わないんですけど。
ちょっとここからは結末の解釈の話なんで
すでに読んだひとだけ続きをどうぞ!(たいした話でもないけど)




===退避用行間===





読み終わった後に、ドヤ顏の夫に
「最後にむくわれてよかったよね。」
と言われて
「え?」
ってなりました。
むくわれ? 
「あれ夢っていうか妄想でしょ?」
と私が言ったことで読後感想大会が紛糾。

「君がそんな解釈をする人だとは思わなかかった!!」
とか言われ。でも私も私で
「もう1回結末だけ読みなよ、
 あそこは明らかに直前の『もしも私たちが死んだら』の続きでしょ!」
と食い下がり。
ぎゃーぎゃー言いあった後に
「でももちろん私は『あのひと』を貴方に重ねて読んだよ(てへぺろ)」
と言ったら
「それが悲しい結末でいいのか」
と言われ余計墓穴を掘ったことに気付きました。

おわり。

やーーーっでも私はやっぱりラストシーンを
「現実のあのひとに会えた」とするのはびみょうだなあ!
だって「ボート」なんてあやういのりものなんだもの。
行き先がわからない、
というか行き着く先がある時は乗らなそうな乗り物
ナンバーワンなんだもの。
by refri5erat0r | 2015-06-10 13:24 | 読んだものの感想