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現ライター、豊島ミホのブログです。雑記帖ゆえ雑文が書かれていきます。カテゴリの「はじめに」も是非お読み下さいませ。


by 豊島ミホ
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治ったらアレしたい(2/23)

こんばんは。豊島ミホです。

今月の別マの告知も書いてないし
フィギュアの感想もその1しかない状態ですが
今日すごく面白い本を読んだので記録に残しておきたいと思います……。

ナバホへの旅 たましいの風景

河合 隼雄 / 朝日新聞社



この本を簡単に紹介すると、心理療法家の(故)河合隼雄さんが、アメリカの原住民「ナバホ」を訪ねた時の記録です。「ナバホ」の中でも、メディスンマンと呼ばれる、シャーマン的な方法で人々を治療する専門家に話を聞きに行くのを主な目的としていますが、ナバホ全体の文化紹介や、日本との比較考察などもされています。
この本にたどりついたきっかけは、去年河合隼雄さんと小説家さんの対談集を一気に3冊読み、そのうちの1冊で言及されていたこと。仕事のために「その1冊」を読み返していて(なんの仕事のためか、読み返した本は何かってのは仕事が表に出るまで伏せときます)、あ、そういえばここで出てきたこの本読みたいと思ったのにまだ読んでないや。と思ったので。そっこー。
何も複数締め切りの差し迫った今そっこー読む必要はないべ……! って話なんですが、なんかそこは。今だ!! みたいな感じで。やっぱり読んだらさらに別の仕事のヒントになったから、読んでよかったんだと思います。

て話が内容から逸れちゃいましたが、この本。専門書と一般書の間……みたいな感じで、あんまり活字慣れしていない人とか、まだ中学生高校生って人に「面白いよ!」ってすすめたい雰囲気ではないんですけど。淡々と記されてて、なんていうか装飾部分が全然ないので(わかりやすいことはわかりやすいんだけど、理解しやすさと別に、盛り上げとかつかみとかそういう要素があって、「読みやすい本」になるじゃないですか、一般書としては)。
大学の一般教養くらいの心理学はかじってて、臨床心理学とシャーマニズムがどう交差すんのか?! ってことに興味ある人には面白いと思います。あと無意識領域に興味ある人。

私は河合さん単独の著書を今まで読んだことがなくて(ユングの教科書的な文庫を買って読もうとしたけど半分に達する前に挫折)、対談集の端々の言葉から、彼の仕事を想像しているだけだったのですが、これに結構決定的なことが書いてあって。
いやこれでも直接は書いてないのかなー。。。病気して治るっていうのはその人の物語を描くことだっていうのが多分。河合先生の「やり方」だったんだなって。この本を読んでそこはかとなくわかった感じがしました。
なんか語尾がもやっとするのはやっぱり私が全然河合隼雄にもユングにも詳しくないからですっそっち専門じゃないからです!!

メディスンマンのアプローチは別に全然それと違うんですよ? やっぱシャーマンだし。薬草とか蒸し風呂とか砂絵とか……近代科学的手法とは違うけど、別の「手法」を使って治してる。
でも河合先生はそこに、物語(の構築)的なものを視てるんですよ。

ってうまく言えないんだけど。。。これはずいぶん乱暴なはしょりな気もするんだけど。
あと、単にその人のストーリーを立ててるわけじゃなくそこに周囲との調和を見てるってのが河合先生独特のところで、そこが私は私の言葉で言えない、言えるほど噛み砕いて理解していない……。ユング心理学では「円」が重要じゃないですか? よくわかんないけど! そういう「円」で成り立つ世界を反映しつつ描く(物語を)ってのが。ポイントなんだと思う。





こっからは個人的な話になるんですが、私昨晩「auがガラケー向けのWi-Fiサービスを6月で終了させる」というニュースを知り(なんか10月くらいのニュースだったわ……ニューでもなんでもねーわこれ……)目の前がまっくらになったんです。
今まで月500円で爆速ガラケーの世界にいたのに……。今までどおりに携帯電話を使うには、パケ代を普通に払うか、もうたいがいスマホに乗り換えるか、どちらかしかないということ。。。っていうそれだけで気持ちが暗澹となりました。スマホの定額通信料なんかとても払えない(っつーか払いたくない、家にWi-Fiあるのに)し、かといってガラケーを維持すると画像1枚送るにもピリピリして、迷惑メールが来るたびこんなもんにパケ代発生したのかとブチ切れ……
そんな心狭い感じで生きなければいけないのもすべて、金がないからよ。私だってiPhoneの最新機種持てれば持つに越したこと無いよ違約金なんか気にしないで機種変更したいよ!!! 地下鉄の駅で案内図をカメラに撮ったりしないでいつでもGoogleマップ見たいよ!!

そしてなぜ金がないのかというと、私が病気(厄払いの記事でうっすらわかっていただけるかと思いますが、過敏性大腸、の究極に悪化したやつ)で、ライターという仕事をしているのに「なんでもお引き受けします!」のひとことがいえねーからよ。。。

と考えるともおちょおマジで暗くなってきて。フットワークの重いライターってそれ一生ダメだろ一生貧乏にきまってんだろ。ライターじゃなくても世の中のありとあらゆる仕事できないだろ……
あーこんなクソみたいな病気にかからなければなー……
こんな病気じゃなければ私は。。。



とかって要するに
「7月から人並みのパケ代を払わされる」事実ただひとつで人生を悲観してたわけですけど
(こうして書き出してみるとあほみたい)

「こんな病気じゃなければ私は。。。」なんだっつうんだよ?

って昨日の時点でうっすら疑問に思ってはいたよね。
病気じゃなければ→ライターとしてもうちょっと小回りのきく存在になって仕事が増えるかもしれない。増えないとしてもライターの仕事少ないぶんパートで補ったりできるかもしれない。それすらできなかったら嫁に行くという選択肢もあるかもしれないし一般企業に就職できるかもしれない。→多分困窮はしない
とかって思いはしたけど、なんかそれだんだん逃げてるほうにいっているだけじゃんとすぐ気付く。よね……。
生活の中で「病気じゃなければ」って思うことはこまごまとありますよそれは。。。満員電車を気にしなくていいんならもっと都心から離れて同じ家賃でもいい部屋に住めるし。遊園地や花火大会、座席指定のコンサートや講演会、今は行けない色んな場所に行ったり、イベントに参加したりできるし。

でも結局究極的に、「こんな病気のせいで生きる楽しみがない!」とか
「もう1円も稼げない! 飢えと寒さで死ぬ!」ってとこまでは追い込まれてない。

つーかむしろ、多分、病気のおかげで免除されたことのがでかい……
嫁に行ったり、ちゃんと就職したり……
しなくても周りに許されてきた。
「嫁に行けたのに」「就職したのに」とかって自分ではたまに思うこともあるけど、
ほんとうに嫁に行きたかった相手もいなければ就職したかった企業もない。。。
てかそうしてて幸せな自分ってのがおそろしいまでに想像できない。

それって、病気にふさわしいビジョンを持つ自分になっちまったのかもしれないし、
逆に自分を生かすために病気って伴侶がいるのかもしれない。
卵が先か鶏が先かはわからないにせよ……

なんかもーよくない?
この腐れ縁切らないか?
治るって思ったら治るんじゃないのこれ?(※あくまで自分に限った場合、の話ですもちろん)

ってところまで今朝は来てて……
なんか、もうちょおうさんくさくてもいいから
治す(ために試みることができる)方法ねーかなーーーーーって
調べてたとこだったんですよ。
ちなみに通院も服薬も10年以上してますんでふつうに医者にかかってますんで、
代替医療的なやつで。



でもまあそんな非現実的なこと考えてててもしょうがねえから仕事しよ。
10年先の金より明日の金の心配しよ。
って思ったところでなんだかんだと「ナバホへの旅」へと行き着き。

河合先生が、メディスンマンに、その手法で治らない人はいないのか? みたいなことを
聞く場面があるんですよ(わざとね)。そうするとメディスンマンは
「本人がほんとうに治ろうとするなら」治る、
って言うの。

……。

うーん……。
ちょっと考え込んじゃうよね。。。

でも近代医学専門のはずの、私がかかったお医者さんでも、
似たようなこと言った人はいたんですよ。
「あんたは心開いてないから治らない」って(まじで)(この言い回しで)。
ちなみにかんぺき70歳は行ってるベテラン医者。
言われた時はほんとショックだったけど。泣いたけど。
上のメディスンマンと似たようなことを言ってんじゃないかなと思う……。



あの、くれぐれも、過敏性大腸は本当はこの世にない病気だ、
って言いたいわけじゃないってことは理解して下さいね。
ほんとにそれでつらい思いもしてきたから!!
過敏性大腸お子さんを持つ親御さんが、これを見て
「ほら、本当は気のせいなのよそんな病気は!」とか言ったら
お子さんの病気はますます悪くなるに決まっていますからね!
(「気のせい」がまかり通った時代はマジ最悪でした……
 最近では「自律神経の病気」って言うとかなり理解してもらえるけど。)

なんか……あくまで私個人の話で、
「治ってほんとうにしたいこと」ってことがあればいいのかなって思って、
さっきから考えてるけど、
ほんっっとうにしたいこととして思い浮かぶのって、
乗馬とか登山とかスケート(習う方)とかその程度よ。。。
別に「やれるなら年1回くらいやってみたい」っていうくらいのこと。
あと、なぜか幼い頃から試食のおばちゃんだけはやってみたくて
(なんでだろ……わかんない……)、
もしトイレが超遠い人になったらそれだけはとりあえず試しにやってみると思う。
暇な日曜日とかに。

でも仕事の話をすれば、
今たまたま、ちょっと腰を据えてお話を聞かせてもらう仕事
(別マのインタビュー)に恵まれてるけど、
できればそんな仕事ばかりなのがいい、とどっかで思っているんだろうな。。。
突撃見学レポート! みたいなのをやりたいどうしてもやりたい
なのになんでこの病気なんだくっそー! とか、
もっと毎日がんがんインタビューこなしたいわ
情報誌の半ページインタビュー書きまくりたいわ!
とか……は思ってないんだろうね……思ってないですはい。。。



んー あとなんか もしほんとうにタフで トイレに6時間行かなくても平気で
緊張もなんにもしない!! みたいな自分だったら。飛行機に乗れる自分だったら。
もうわけわかんないことし始めちゃうよ。ってのも思いました。。。
「次の市議選に出ます。」とか言うかもしれないし
「戦場カメラマンになります。」とか言うかもしれない。

とか想像しちゃう程、自分の人生に責任持ててないのがやばいよな。
こんな齢なのに。
ゆるゆるしそうなところを病気の存在が押さえてくれてる……
みたいな形に結果的とはいえなっちゃってるよな。

治るか治らないかっていう話は置いといて、なんか、
病気という制約がなくても自分はちゃんとすんだっていう意識が。
欲しいです……。
欲しいと思いました。

河合先生だったら、それを見つける物語を私が描けるまでおはなししてくれるのかな。
by refri5erat0r | 2014-02-23 23:32 | 読んだものの感想